ゼロの使い魔 ハルケギニア茨道霧中
第六十五話「女王と副王と、虚無と」




「アンリエッタ陛下万歳!」
「トリステイン万歳!」
 アンリエッタの即位は、リシャールの見るところ、無事に済んだと思えた。
 トリスタニア市中でいつぞやの立太子式を上回る規模でパレードが行われ、上空をトリステインの竜騎士とクルデンホルフのルフト・パンツァー・リッターが乱舞して、祝いの花を空一杯にぶちまけている。
 その後の即位戴冠式その物は、地味でもなかったが派手すぎず、戦勝祝いを兼ねていたパレードとは異なり厳粛に執り行われた。予定にはなかったが、冷や汗たっぷりで落ち着きのないゲルマニア皇帝アルブレヒト三世が列席していたぐらいで、他はほぼ予定通りに事が運んだだろうか。
 もちろん、リシャールは隅の方でこっそりと……と言うわけにも行かず、貴賓席の最上座、ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世の隣で大人しくしていた。
 トリスタニア大司教のぼそぼそとした言祝ぎを斜めに聞きながら、ちらりと横を見る。
 世界第二位の大国の主人にしては、腰の低すぎる態度。使者の一人でも寄越して詫びてくるか思えば親玉が自ら現れたので、トリステイン側も困惑していたぐらいだ。
 ラ・ロシェールの奇跡の勝利は、この男をそこまで追いつめるほどのものだったのかと、リシャールも内心で首を傾げていた。
 援軍を意図的に遅らせることで弱みにつけ込むはずが、トリステインはほぼ独力で外圧を排除、今後企図されるであろうアルビオン奪還戦への参加の権利が喪われかけたのだから、この態度も頷けなくはないのだが……一国の指導者が、ここまであからさまで大丈夫なのかとも思うのだ。
 確かに帝政ゲルマニアは始祖の直系を祖とする三国やロマリアに比べて国の格こそ低いとされているが、トリステインに数倍する国力を持つ大国であることもまた、間違いない。
 また、アルブレヒト三世は領土欲名誉欲、ついでに猜疑心は各国の指導者の中でも人一倍強いと言われている。
 無論、態度を示すことで哀れを誘う策略なのかもしれないが、さてどうだろう。
 だが、リシャールとセルフィーユにとっても全くの無関係とも言えず、放置するには……正直なところ、気味が悪い。
 ……まあ、戴冠式が茶番とは言わないが、この行事その物は平穏かつ無事に終わるだろう。本番はこの後、列席を求められているトリステイン女王アンリエッタ一世の最初の外交交渉に寄与すること、それから、予定に入れて貰った密談だ。
 それに、である。
 即位戴冠式の前日、褒美半分、実務の押しつけ半分で新女王を補佐する『トリステイン副王』に指名された手前、嫌とも言えないリシャールだった。
 副王の称号と言えば、死者に対して贈られるならばなべてほぼ最高級の栄誉とされているが、生者に対しては国により、または場合により、大きな差違がある。国家宰相の上に立ち実質的な摂政とされることもあれば、国の名ではなく国内の一領域の地名を冠して国王の代理たる総督、あるいはほぼ代官のように扱われることもあるし、頭に『名誉』とつけて功績のあった者に贈られることもしばしばだ。
 リシャールの場合、困ったことに実効力を伴うようであるが、アンリエッタは既に親政を行っており、新女王の代理ではなく補佐、それも発言権の強い経済閣僚あるいは軍事面でのお飾りとして適当な存在であろうと、自分でも思える。……残念ながら、空海軍司令長官職を返上しようと女王陛下にお伺いは立ててみたものの、それは笑顔で却下されてしまった。
 しかしこの状況下、これ以上は面倒くさいので勘弁して欲しいとも言い難かった。
 アンリエッタの立場が強化されればセルフィーユの安全に繋がるし、アルビオン奪還戦が近いことも含め、トリステイン内での自身の発言権の強化も無視できるものではない。まあ、リシャール自身のわがままと保身よりは、セルフィーユと家族の安全の方が余程大切なので、嘆息一つで胸にしまい込んだが。
 ただ一つ、確実に減った面倒事もある。
 今後リシャールは公式の場に於いて、いついかなる場合でも他者との立ち位置を気にすることなく、アンリエッタには頭を下げて礼を尽くしていればよいことに落ち着いていた。
 ……実際、その効果以上に複雑且つ面倒な判断が毎回必要だったので、リシャールは内心で胸をなで下ろしていたのである。

 夕刻、トリスタニア城内でも最も格式の高い応接室で、リシャールはゲルマニアの皇帝アルブレヒトと再び見えていた。本来ならばこの時間、大使館から誰かを呼んでセルフィーユへの指示を出しておきたいところだったが、副王にそのような贅沢は出来ない。
 人払い……というには官僚の幾人かを互いに従えていたが、彼らは誰一人、発言を許されていなかった。席に着いているのは、リシャールとアルブレヒトだけである。
 トリステインとゲルマニアの両国にとっては重要な外交の前交渉ではあるのだが、『トリスタニアまで遠路お疲れさまでございました、お茶でもいかがでしょう?』という表看板がぶら下げられていた。
 リシャールは明日に『決まった』軍事同盟の再締結の式典までに、大筋の合意……落としどころの見極めを『両国』から求められていたがさて……。
「――と、このような事情がございましたのです。リシャール陛下には、何卒アンリエッタ陛下へのおとりなしを願いたい」
「アルブレヒト閣下、確かに私はアンリエッタ陛下の代理としてこの場に遣わされましたが、同盟の不履行に関する評価を覆せるかは流石に確約出来かねます。
 もちろん閣下のお示しになられた誠意については、一切をそのままアンリエッタ陛下に奏上いたしますと、この身に賭けてお約束いたしますが……それでご納得されるかは……。
 ……お怒りの度合いは、御前会議に出席していた誰かにお尋ねいただければ、すぐに分かると思います」
「正に……」
 立場が全く違う両者ながら、同様の困り果てた表情で互いを見た。

 リシャールを驚かせたことに、最初に提示された帝政ゲルマニア側の譲歩は前もってマザリーニ枢機卿より告げられていた予想以上で、これはどう対処したものかと頭を悩ませた。そのまま飲むのもトリステインの懐事情を表に出すようで、決してよくはないのである。
 トリステインに若干有利な相互不可侵と相互支援を約束する同盟、将来起こりうるアルビオン奪還時の共闘、加えて見舞金という名の違約金……。
 但し、リシャールがアンリエッタより求められた条件はアルブレヒトの婚約破棄ただ一点であり、マザリーニからも婚約の破棄を認めさせた上で他が現状維持なら及第点以上、他はよろしく願いますと丸投げされていた。
 無論、アンリエッタらが、ゲルマニアとの同盟に価値を認めていないわけでも、リシャールを子供の使い程度にしか思っていないわけではない。
 即位戴冠式で予定が詰まって忙しいアンリエッタやマザリーニには、事実として前交渉に使う時間もなかった。しかし、突然の訪問を打診してきたからと、如何に同盟の不履行という不名誉な失態があってもゲルマニア皇帝を無碍に扱えるわけもなく、また、外務卿は新女王の即位に絡むガリア訪問の途上にあり、その他の外務官僚ではその任を与えるには格が足りずと、トリステインとしても苦肉の人事であったのだ。
 同盟の再締結についても、今後起こりうる可能性の高い神聖アルビオンの再侵攻時の『早急な』援軍派遣と、予定されるアルビオン奪還戦についてまともに――対等とは言わないが――連合が組めるか、おおよそこの二点が守られていれば、トリステイン王国としては譲歩を引き出したと言えてしまう。現状こそトリステインの圧倒的優位だが、国力差を考えれば何でもかんでも要求を呑ませられる筈もなかった。
 ただ、皇帝が『始祖の奇跡』、『不死鳥の降臨』とやらいうわけのわからない力を極度に警戒していることは、リシャールにも少しだけ分かっている。……この前交渉の場で開口一番、陛下はあの場におられてどうだったかと聞かれたのだ。
 実際に見たリシャールにしても、あれは……魔法でさえ未だに不思議と思うが、あの光は理解の外だ。あんな力が、セルフィーユに振るわれたならばと想像してみれば……確かに、アルブレヒトの気持ちは分からないでもない。政治力や国力で補える問題あればまた話は別物になろうが、相手は奇跡である。
 当事者たるルイズとサイトから話を聞いてさえ、未だに内心ではどう扱ったものかと思案していた。無論、アルブレヒトに問われたからと素直に彼女たちのことを話してはいないが、あの奇跡がなければ自分は討ち死にしていただろうと、正直な内心を口にしている。
 ……話に付いた尾鰭も酷かろうが、神聖アルビオンの艦隊が一瞬で壊滅し、トリステインが勝利したことは間違いなかった。

 ただ、リシャールはある種の誤解をしていた。
 アルブレヒトの警戒する『始祖の奇跡』が、始祖の三国とロマリア以外の人々にとって、どれほど影響を及ぼす奇跡だったか知らなかった点である。ブリミル教の影響力と言い換えてもいいだろうか。
 始祖の力に対抗できるのは、同じ始祖の力だけと、大抵の人々は思っている。始祖の血を受けていない……とされる皇帝にも、それは正に得体の知れぬ恐怖であった。
 無論、ガリアに互する大国ゲルマニアの頂点に立つ皇帝が、単に奇跡を恐れるような愚か者であるはずもない。ラ・ロシェールの戦いより一週間、短期間ながらに調べ尽くした上で、『小国』トリステイン侮り難し、奇跡には対抗不可能と判断を下しているのだ。
 であるならば、話は難しくない。一時的にせよ、対抗手段が見つかるまでは雌伏する、あるいは後退がゲルマニアにとっての正解となる。
 特に領土欲の強いアルブレヒトにとり、アルビオン奪還戦はまたとない領土拡張の機会でもあった。
 それを正面から潰され兼ねなかったラ・ロシェールの戦いでのトリステイン大勝利は、正に悪夢であり大失態。
 適度にトリステインが消耗したところに援軍を差し向け、あわよくば始祖の血のみならず領土の割譲まで狙える機会でもあったのだが、その望みは一瞬で消え去っている。
 あるいは同盟を約定通りに履行していたならば、ここまでの敗北感も、既得権益同然とみなされていたアルビオン奪還戦への参加権喪失に慌てることもなかっただろう。アンリエッタは始祖の血筋であると同時にアルビオン王姪でもあり、参加者を選べる立場でもあった。
 ここは何としてでも奪還戦への参加権をトリステインに認めさせなければ、皇帝の国家指導力が綻びかねず、アルブレヒトとしても苦しいところなのだ。
 更に自ら前交渉に望んでトリステインの出鼻をくじき、何とか自国優位とまでは行かずとも失態を覆い隠そうとしたところ、出てきたのは新たにトリステイン副王となったセルフィーユのリシャール一世『陛下』だった。
 敬称が『閣下』止まりの自分に対する嫌みかと思いかけたアルブレヒトだが、ふと気付く。
 小国ながら一代で国を得たこの少年の即位戴冠式には、不本意ながらアルブレヒトも立ち会っていたが、何故マザリーニを差し置いてこの交渉の場に現れたのか。
 諸国の横やりで潰えこそしたが、仮の独立をお膳立てしてまでトリステインが守ろうとした者は、一体誰だったのか。
 果たして、トリステインの次代を担う真の舵取り役は、誰なのか。
 まさか、と思うと同時に、ある種の得心。
 ……こちらはそれこそアルブレヒトの猜疑心の強さ故の誤解であったが、訂正する者はその場にいなかった。

 どちらともなく、雑談で少しばかり時間を潰して休憩を取り、話を再開する空気を整える。
 このあたりは全く中身の読めないガリア王と違い、アルブレヒトが常識人であったことにリシャールは小さく感謝した。
「婚約の破棄については、どうお考えでいらっしゃいますか?」
「ええ、それは無論、アンリエッタ陛下の御意のままに」
 虚をつかれたわけでもなく頷いた様子のアルブレヒトに、リシャールはふむと頷いて見せた。
 始祖の血を自家に取り入れる機会は、また次回というあたりか。それにしては他の条件を出してこなかったところに、不自然さも感じるが……。
 まあ、もとより四十代のアルブレヒトと十代のアンリエッタでは、政略結婚にしてもあからさまの度が過ぎる。下手に拘泥するよりは、失態の穴埋めに譲歩する方が皇帝としても損が少ないのだろう。
 だが、折り込み済みなら話は早い。
 こちらとしても、ゲルマニアに無茶な要求を飲ませようとしているわけではなく、同盟不履行の補償は十分引き出せていた。マザリーニから及第点が得られるなら、それ以上は贅沢だ。
 第一、リシャールがトリステインの威を借りてゲルマニア皇帝をぎゅうと絞っても、恨みを買うばかりでいいことはない。
 このあたりかなと、細部に近いところまで互いに条件の確認を重ね、官僚を手招きする。
「おお、そうでありました!」
「アルブレヒト閣下?」
「セルフィーユについても、もちろん配慮させて戴きますぞ」
「……?」
 先ほどとは打って変わって明るい様子になったアルブレヒトに、リシャールは不可解に思いつつも一礼し、その提案を了承した。

 夕刻から行われたアンリエッタの即位と戦勝を祝う夜会は……無論、ゲルマニア皇帝の側近くに位置して嫌みの応酬の発生を牽制したり、副王就任の祝辞を受け取ったりと、多忙こそ極めたが、中身は平穏無事であった。
 夜会に居合わせた人々の顔は、明るい。ラ・ロシェールでの手柄話もあれば、奪還戦への勇ましい憶測や希望なども飛び交っている。
 それもこれも、勝って命があったからこそだ。
 ……それは間違いない。しかし、問題も山積している。
 空海軍の再編は手を着けられはじめたばかりだが加えて出兵計画が重くのしかかり、ラ・ロシェール付近の救民策は効果が出始める前、捕虜の処遇については未だ神聖アルビオンとの交渉が始まっていない。
 おまけにアンリエッタ主導による、国内貴族の再編さえ囁かれていた。……彼女は王太女に立って以来のしばらくで相当頭に来ていたのだろうなと自分でさえ思うが、何をどうするのかまでは、リシャールも聞かされていない。
 ただ……正に、内憂と外圧の狭間であることだけは、否定のしようがないだろう。
 トリステインは国として大丈夫なのかと、セルフィーユの現況を棚上げしつつ、リシャールには嘆息するしかなかった。
 当然、トリステインの滅亡はセルフィーユの滅亡とほぼ同義となるわけで、泥沼に片足どころか全身を突っ込んでいる現状、縄を垂らして助けてくれる者も居らず、岸に手を掛ける努力はさて自らを助けるか否か……。
「陛下」
「カトレア?」
「汗を拭われませんか?」
「あ、うん……」
 リシャールは幾分重い気の持ちようで会場を眺めていたが、カトレアは何も言わなかった。

「お疲れさま、アンリエッタ」
「あなたもね、リシャール」
 夜会とそれに付随する諸々が、なんとか終わった深夜の手前。
 慌ただしい中だが先に予定を押さえた甲斐があって、リシャールはアンリエッタと時間を持つことが出来ていた。
 場所は王宮中奥の応接間、他の参加者は宰相マザリーニ枢機卿と義父ラ・ヴァリエール公爵のみである。
 くつろいだ様子とまでは行かないが、皆、状況が一旦落ち着いたという点については大いに同意していた。
「本題に入る前に、先に報告をさせて貰っても大丈夫かな?」
「ええ、お願い」
 わざと軽い調子で、リシャールはアンリエッタに声を掛けた。同席の二人にも、軽く頭を下げる。
 明日の同盟再締結式にはマザリーニとラ・ヴァリエール公も列席するから、退席の確認をする必要はなかった。
 先の戦いでは、義父のラ・ヴァリエール領軍は先にアンリエッタより密命が下されている。ラ・ヴァリエールではアンリエッタの檄に応えた公爵が令を発し、正面戦力として一個連隊と予備の部隊を幾つか編成したが、ゲルマニアへの牽制と同時に総予備として領内に拘置されラ・ロシェールの戦闘には参加していない。元より戦場までの距離がある上、『万が一』の場合を考えてのことである。……ゲルマニアが単に同盟を履行しない可能性だけでなく、あの状況下、裏切って攻め込まれることもまた、絶対にないとは言い切れなかった。
「アルブレヒト閣下は婚約の破棄について同意、同盟の条項については概ね前同盟を引き継いだけれど、新たにハーフェンの空港を拡張、艦隊の駐留規模を大きくして次の戦に備えると確約してくれた。……まあ、トリステインを攻めやすくなったとも言えるけど、今更大して状況は変わらないし、もう一度神聖アルビオンが攻めてきた時に幾らかでもましと判断したんだけどね。
 それから、見舞金名目で……二千万エキューの拠出」
 喜び驚くアンリエッタをまあまあと落ち着かせ、釘を刺しておく。
「リシャール、大手柄よ!!」
「向こうが最初から折れていたから、とても手柄には思えないけどね。交渉と言うより、皇帝から釈明を受けた私が内容に頷いておしまい、としか言いようがないかな」
「十分すぎるわ」
 実際、戦費については誤魔化しようもなく、国が傾き兼ねなかったトリステインであることは、リシャールもよく知っていた。皇帝はその点を突いてきたのだ。
「ついでにセルフィーユにも五十万エキュー」
「……それで足りないぐらいの苦労は掛けているわね。うちからじゃないのが申し訳ないけれど、堂々と受け取っておけばいいわ」
「なんとも……ですが陛下、この条件、本当によくお引き出し頂きました。私では腹のさぐり合いに終始しすぎて、ここまでの譲歩をさせられなかったでしょう」
「しかしリシャール、皇帝がそこまで引くとは……何か裏はありそうか?」
「ゲルマニアは再同盟に乗り気……というより、アルビオン奪還戦という大事の前に、この失態で爪弾きにされたり参戦の大義名分を喪うのが一番困る、というところだと思います。私と皇帝の会議中、別室であちらの随員と雑談させていた外務官僚からも、似たような裏付けが取れました」
「ふむ……こちらに内情を見せることで、その一点だけは譲るまいぞと牽制したとも思えますが、ゲルマニアがそれでいいというなら、今は受けておいてよろしいでしょう。
 この場合、金で黙らせておこうとする皇帝の判断が得策か否か……感情はともかく、余力のないトリステインとしても異論があるわけではございません」
「そうね。リシャール、感謝するわ」
 報告は以上と締めくくり、リシャールは三人に向き直った。ついでに態度も改める。
「……本題ね」
「うん。
 皆様、ご内密に。……と私が言う方がおかしいかもしれない話になると、思って下さい。
 アンリエッタ陛下とマザリーニ猊下は、ラ・ロシェールに現れた『始祖の奇跡』、『不死鳥の降臨』をご覧になっていますよね?」
「ええ、もちろん。今、調べさせているところよ」
「正に。根拠なく不死鳥と煽ったのは私ですからな」
「敵艦隊を一撃で壊滅させたというあれか……」
「敵とは思えませんでしたが、では味方の誰かとも言い難く……陛下、何かご存じで?」
「はい。あれは……ルイズです」
「何だと!?」
「まあ!?」
「おお……」
 三者三様の驚きに、まあ、そうなるだろうなと、リシャールは小さなため息と共に頷いた。
 包み隠す必要もないが、一人で持ち続けるにはあまりにも重い内容だ。
 あの緑の竜が異世界の飛行機械であり、扱えるのは同じ異世界より召喚されたルイズの使い魔の少年のみであること。
 神聖アルビオン艦隊を壊滅させた光こそは始祖の祈祷書に記されていた虚無の魔法であり、ルイズが行使したこと。
 リシャールはルイズが口にした虚無とその魔法について……自分がその異世界『日本』をよく知ることは流石に話せなかったが、それでも知る限りを話した。
「……リシャールよ」
「はい、公爵様?」
「間違い、ないのだな?」
「……はい」
 義父がソファに深く沈み込んでため息をついたのは、政治故か、娘大事故か。
 アンリエッタにもマザリーニにも、それを気遣う余裕がなかった。
 虚無や始祖についてはリシャールにも通り一遍の情報しかなく、王家の血は始祖より連なる本物の血筋なのだなというぐらいしか、想像のつけようがない。
 無論、ラ・ヴァリエール家がトリステイン王家の庶子を開祖とすることは頭に入れてあるし、実際に諸侯の中でもかなり高い継承権が与えられていることも知っていたが……。
「アンリエッタ陛下、宰相……」
「公爵……」
「……始祖の秘宝を預けた相手がルイズだったのは、偶然にしても出来過ぎていたようですわね」
「……御意」
 だがそれは、リシャールの想像を大きく超えた重い話であったらしい。
 三人の表情が、それを語る。
「棚上げ、とは出来ますまいが、陛下にも公爵にも少し時間が必要であろうと愚考いたします。如何されます?」
「……そうですわね」
「宰相の言をよしとさせて貰おう」
 その場で会議はお開きになり、目したまま一礼して解散する。
 リシャールへの説明は、なかった。




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